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制限があっても、好きなことをやっていい―手描きアニメーションを描く、岸 絵美さんの働き方と人生の選び方

2026.01.08

出会いは、「この物語を動かしたい」という一本の連絡から
この出会いは、ある日届いた一本のメールから始まりました。
フェリシモさんの雑誌を立ち読みしていたところ、誌面で『凸凹といろ。』を知り、ホームページを訪れてくださったのだと言います。
創刊ヒストリーを読み、
「この物語を、手描きアニメーションにしたい」
そう思って連絡をくれたのが、岡山在住の手描き動画アニメーター・岸 絵美さんでした。
最初のメールには、サンプルとして岸さんが制作した「手描き動画アニメーション」が添えられていました。

【岸さんのプロフィール動画】

それを拝見しながら、仕事や表現に向き合う姿勢に、とても興味をそそられたのを覚えています。
個人的な話で恐縮ですが、私の高校時代の先輩が同じような表現手法の指導をされていることもあり、勝手ながら親近感を覚えた、というのも正直なところです。
そこで私は、
「まずは岸さんが、どんな方なのかを知りたい」
そんな思いから、『当事者の働き方』という視点で取材をお願いしました。
すると岸さんは、こんなふうに返してくださいました。
「私自身の特性を、まだ理解できていない段階だと思いますが、それでも、微力ながら当事者やご家族の方の参考になるなら……」
岸さんは、発達障害の診断を受けてまだ間もないのだと言います。
それでも私は、あえて取材をお願いしました。
深く自己理解が進んだ語りも、もちろん大切です。
けれど、「今まさに考えている途中の声」こそ、読者が自分を重ねやすいのではないか。
そう感じたからでした。


子どもの頃、どんなことが好きでしたか?

正直、幼少期のことはあまり細かく覚えていないんですけど、絵を描くことは好きでした。
かなり田舎の方で育ったので、田植え前や稲刈り後の田んぼに入って、道に広げて描いたり、家で描いたり。
姉がいるんですけど、二人でシールを貼るのも好きで。
家中に貼りすぎて、ある時、母が「ここなら貼っていいよ」って三段の棚をくれたんです。そこに、姉とひたすらシールを貼っていました。

その頃から、絵の仕事を目指していた?

それが、そうでもなくて。
幼稚園の頃の記録を見ると、将来の夢は「コックさん」って書いてありました(笑)。
最初から「絵の仕事」だったわけではありません。

発達障害っぽさは、子どもの頃からありましたか?

動き回るタイプではなかったと思います。
診断書には「幼少期から落ち着きがない」と書かれていましたが、感覚的にはむしろマイペースでした。
小学校くらいで引き算につまずいて、数字は今でも苦手です。
数を数えると途中で「どこまで数えたか」が分からなくなって、合わなくなったりします。
薬の数もそうで、毎回病院に行く前に数えるのですが、一度だけ三桁単位で合わなかったこともありました(笑)。
これは、お薬の袋が重なっていて気づかなかったのかもしれないというのもあるんですけど、普段から「数が合わない」は多いですね。
それと、数字の感覚も独特で、デジタル時計だと時間がパッと頭で理解できないこないことがあります。
だから私は、デジタルよりアナログ時計で時間を確認する習慣があります。

逆に、「得意かもしれない」と思えることは?

体調の関係でメモが難しい時期があり、『聞くこと』に全神経を集中させるようになったんです。
覚えようと意識しすぎると内容が頭に入ってこなくなるので、あえて自然体で聞く。
結果として、2時間までの会話構成ならほぼ正確に再現でき、会話記録を必要とする業務で上司を驚かせたこともありました。
環境や必要性に迫られて身についた、私なりの適応の形だったのかもしれません。
ただ、財布とか傘とか、日常の物はよく忘れます(笑)。

発達障害の診断を受けたきっかけは?

実は、最初は発達障害の診断を受けるために精神科へ行ったわけではないんです。
別のメンタルのことで受診することになって、姉(医療職)が同行してくれて。
私は発達障害とは別で、身体の症状や足に装具をつけていたり、斜視があったりするんですが、それが11年経ってもはっきりとした診断がつかず、支援を受けづらい状態が続いていました。
先生から「発達障害の検査を受けてみる?」と提案されて、自分の得意・不得意を説明できるようになるなら、と思って検査を受けました。

診断結果を知って、どう感じましたか?

正直、白か黒がよかったです。
グレーと診断されるのが一番困るというか、説明もしづらいですから……。
ただ、発達障害という診断がついたことで、今まで身体面で診断がつかないことによって受けられなかった支援を受けやすくなったのは大きかったです。

手描きアニメーションを仕事として選んだ理由は?

最初から、選択肢にあったわけではありません。
斜視の関係で、子どもの頃から視能訓練に通っていたのですが、その中で視能訓練士の先生から
「将来、絵を描く仕事には職業制限がかかる」と伝えられました。
それでも私は、
「仕事にするのが難しくても、学ぶだけならいいよね」
そんな気持ちで、大学ではグラフィックデザインを学びました。
実際に学んでみると、勉強自体は楽しかったです。
ただ、3DやCG、メタバースといった表現に触れるたびに、どうしても体調が悪くなってしまって。
その経験を重ねる中で、
「やっぱり、デザインの仕事は私の身体には合わないんだな」
と、一度は諦めることになりました。
そんな時に出会ったのが、手描き動画アニメーションでした。
やっぱり自分は絵が好きで、手描きに魅力を感じていて
「制限があっても、好きなことをやってみたい」
そう思える表現だったんです。
消去法で選んだ、というよりも、
「制限があっても、それでもやりたいかどうか」
という基準で決めました。

岸さんのプロフィール画像

制作の中で「特性だな」と感じることは?

作業の工数が他の人に比べて多いと思います。
他の人なら省く細かい作業も、「これは必ずやりたい」というこだわりがあって。
時間もかかってしまうし、無駄に見えることかもしれないけれど、削りたくない工程があります。
逆に、そのこだわりが評価につながることもあります。

これから、どう働いていきたいですか?

今は就労移行支援を利用しながら考えています。
発達障害のことも開示するか・しないかより、「誰に、いつ、どの程度伝えるか」を大事にしたい。
将来的に、自分の特性を伝えるための書類も作ろうとしています。
「発達障害だからこうだ」というラベリングではなく、私という個人を見てほしい
「岸さんはこれが得意で、これはサポートが必要なんだね」と、一人の人間としての人物像で向き合ってもらえたら、それが一番嬉しいです。
アニメーション制作を支えて下さる方、応援して下さる方のおかげで制作できています。
今は副業的な位置づけですが、制限があっても好きなことの可能性を伝えるためにも今後も続けていきたいです。

同じ当事者に伝えたいことは?

難しいことがあったり、苦手なことがあったりすると「できない」に目が行きがちだけど、ツールや支援を使えば、「ものすごく苦手」が「すごく苦手」になるだけでも違うかもしれない。
制限があっても、やってみてもいい。
時間はかかるかもしれないけど、その分、得るものもあると思います。

編集後記|完成していないからこそ、届く言葉がある
岸さんは、自分の発達特性を「うまく説明できないかもしれない」と言っていました。確かに、発達障害という枠ではまだ言葉にできていない部分もあるのかもしれません。
けれど岸さんは、自身の身体とずっと向き合ってきた方です。
正解や効率を求められる場所では「凸凹」として目立ってしまう特性も、表現の世界では、その人だけの温もりや「こだわり」という価値に変わる。
岸さんの語りからは、自分自身の「できること」と「やりたいこと」を、広い視野で捉えている感覚が伝わってきました。
自身の状況や特性と向き合いながら、迷い、悩みながら人生を歩む姿は、多くの読者にとってリアルなのだと思います。
現在、岸さんには『凸凹といろ。』の創刊ヒストリーを手描きアニメーションとして制作してもらっています。完成は2月予定。
その際は改めてご紹介させていただきます。
ぜひ記事とあわせてご覧ください。お楽しみに!

インタビュイー

岸 絵美(きし えみ)

岡山県在住。手描き動画アニメーター。ADHD(多動性障害)当事者。
大学でグラフィックデザインを学んだ後、自身の特性や体調に合わせた働き方を模索し、
手描き動画アニメーションの世界へ。
現在はemi animationの名前で福祉に関わる想いを伝える動画を制作中。

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『凸凹といろ。』のもうひとつのかたち。
原点である紙のフリーペーパーも、ぜひ手に取ってみてください。

編集長・デザイナー

『凸凹といろ。』の発案者で、代表。全体の企画、編集、デザインなどを行なっています。 時間感覚、短期記憶の弱さ、衝動的な発言(失言)や不注意など、自身の発達特性が原因でうまくいかず、 “人と働く”ことは早々に諦め、現在はフリーランスでデザイナー、イラストレーターとして仕事をしています。 やりたいこと、気になることが多すぎて手が回らないのが悩み。 タスク管理や見通しのつきづらい仕事にはなかなか手をつけられないなど困った特性がある反面、思いつきや衝動で動くことも多く、一旦動き始めるととても行動が早い。 雑談や人付き合いへの苦手意識が強いが、基本的に人が大好き。

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