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『ホームレスか起業か』普通に働けなかった私が、子供たちの“心の栄養”を作るまで

「就職という選択肢は、最初からありませんでした。
ホームレスになるか、起業するか。その二択だったんです」

そう語るのは、「子供×アート×エンターテインメント」をテーマに活動するすがなるみさん。
工作ショーや参加型パレード、アートとエンタメを掛け合わせたワークショップを全国に届けているエンターテイナーです。
さらに、2025年からは経済的に困難な家庭の子供たちへ、プロのパフォーマーによる本格的なエンターテインメントを無償で届ける取り組みも始めています。

けれど彼女は、もともと「音が怖くて、前に出られない子供」だったといいます。
なぜ彼女は、エンタメを“観る側”から“つくる側”へと立場を変え、いま、子供たちに“体験する楽しさ”を伝える仕事をしているのでしょうか。

冒頭の言葉を聞いた瞬間、つい「ご冗談を」と笑ってしまいました。
けれど、同じような選択肢しか持ち合わせていなかった過去が私にもあります。
そして、似たように追い詰められるほど「生きることの困難」を抱えている人は、現実として少なくありません。

発達障害という特性を抱えながら、どうやって『自分らしく生きる』場所を見つけるのか。
そのひとつの答えが、彼女の“極端な二択”の中に隠れていました。

※このインタビューは、2026年2月に行われた対談を構成したものです。
※この「二択」は、すがさんご自身が当時抱いていた心理的な感覚です。
実際には、働き方の調整、支援制度の利用、環境の変更など、選択肢は数多くあります。

すがなるみさんの“いま”の活動

いま、どんな活動をされているんですか?

今は、自分の事業として「子供×アート×エンターテインメント」をテーマに活動しています。
全国の子供たちに、ハートフルな体験や時間を届ける、というのが軸です。

具体的には、自分で作った工作ショーや、アート要素を盛り込んだキッズショー、エンタメ要素のあるワークショップなどを行っています。
ショッピングモールや遊園地、小学校や幼稚園など、呼んでいただければ全国どこへでも行きます。
会社ではないので、主催は私ひとりです。
イベントごとに、キッズステージやテーマパークで活動しているアクターさんやダンサーさんなど、フリーランスのプロのパフォーマーさんに業務委託で入っていただいています。

「子供×アート×エンターテインメント」というテーマには、どんな思いがあるのでしょうか。

エンターテインメント自体は世の中にあふれているので、唯一無二のものを作りたいと思ったんです。

私は芸術系の大学でアートを専攻していました。
もともとは保育士になりたかったのですが、発達特性の影響もあって難しいと感じました。
でも、子供と関わりたい気持ちは変わりませんでした。
だから、保育という形ではなく、エンターテインメントという別の角度から子供たちにワクワクを届けられたらいいなと思ったんです。

あえて「子供」にこだわる理由は?

シンプルに言うと、大人があまり好きではなくて(笑)。
大人って、どうしても正論を言ったり、型にはめたりしがちですよね。
それに、子供の頃はシール交換や鬼ごっこだったのに、大人は何でも『飲み会』。
それしかないのかよ、って思っちゃいます(笑)。
でも子供は自由で、発想も柔軟で、まだ固まりきっていない。
エンタメには、学校とは違う形で心を動かし、可能性を広げる力があると思っています。
その力を、子供たちに届けたいんです。

音が怖かった子供時代

もともと「音が怖かった」そうですが、子供の頃はどんな様子だったのでしょうか?

結構クレイジーな子供だったと思います(笑)。
特に幼少期は聴覚過敏が強くて、特定の音が本当に苦手でした。
音量が大きいとかではなくて、「この音だけは無理」というものがいくつもあって。
好きなビデオを何度も観ていたんですけど、エンドクレジットの一部の音がどうしても耐えられなくて、そこで毎回パニックになるんです。
でも母が、その音の部分だけをカットしたビデオを作ってくれました。
VHSの時代だったのに、そこだけ編集してくれて。
今思うとすごいことだなと思います。

学校生活はどうでしたか?

小学校以降は、ありがたいことに周りの環境に恵まれていました。
先生や友達が理解ある人たちで、学校に行けないほど困る、ということはなかったです。
ただ、特性自体がなくなったわけではなくて、授業中にどこを聞けばいいのか分からなくなったり。

集中しようとしすぎて全部の音を拾ってしまって、隣の教室の授業の内容をノートに取ってしまったり(笑)。

昔から、すがさんにとってエンターテインメントは身近だったんですか?

母が子供向けのコンサートやテーマパークによく連れて行ってくれていました。
でも、私は前に出て踊るタイプの子ではなかったです。音響が怖くて、絶対に親元から離れない子供でした。

だから、自分がエンターテイナーになるなんて、まったく想像していませんでした。
歌もダンスも習っていませんでしたし……ピアノはやっていましたが、毎回暴走してレッスンにならなかったです。

それでも、子供と関わる仕事を目指していたのですね。

はい。
「子供と関わる=保育士」、というイメージしかなかったので、ずっと保育士になりたいと思っていました。

でも高校で実習に行ったときに、「これは自分には向いていない」と痛感したんです。
マルチタスクが多すぎること、自分が苦手な集団行動を促さなければいけないこと。
そして何より、聴覚過敏がつらかったです。
子供たちの声が重なる環境に、自分が耐えられなくて……。

それに、子供って、大人の気持ちをすごく敏感に感じ取るじゃないですか。
「つらい」と思ってしまっていること自体が、表情や空気に出て、子供たちにも伝わってしまうかもしれない。
それがいちばん苦しかったし、そんな関わり方はしたくないと思いました。

そんな経験もあって、「保育士である必要はないのかもしれない」と気づいたんです。
私はASDとADHDの特性があり、精神障害者福祉手帳(3級)も所持しています。
自分の特性を知り、受け入れるまでの時間があったからこそ、「無理な場所」ではなく「合う場所」を選べるようになったのだと思います。

今でも音などの刺激に苦労されることはありますか?

特性自体は今も変わっていなくて、実はイベントのスピーカーの大きな音も、いまだにつらです。
だから本番は、薬などで調整しながらなんとかやっています。
それでも続けられるのは、やっぱりこの環境が自分に合っているし、エンタメという仕事が大好きだからです。
工夫しながらなら、苦手な場所でもやっていけるんだという感覚はあります。

そこから、どのようにエンタメの道へ?

心が荒れて入院していた時期もありました。
将来が見えなくて、どうしたらいいか分かりませんでした。

そんなとき、現実逃避のようにテーマパークのパレードや子供番組をYouTubeで観ていたんです。
「こういう形で子供と関われたらいいな」と思った瞬間、すぐに行動しました。

20歳のとき、歌もダンスも演技も未経験の状態からレッスンを始めました。
思ったら、すぐやるタイプなんです。

「ホームレスか、起業か」という選択

活動を始めてから、どのように進路を考えていたのでしょうか。

正直、就職という選択肢は最初からありませんでした。
アルバイトも本当に続かなくて。
人にあまり興味がないタイプなので、平気で遅刻もしていましたし、淡々と決められた仕事をこなすことがどうしても苦手だったんです。
だから、卒業後は「ホームレスになるか、起業するか」の二択でした。

本当に二択だったんですね。

はい。
本気で、ホームレスになったら段ボールの家をきれいに作ろう、と考えていました(笑)。
アートは好きなので、自分ならもっと素敵に作れるなって。
でもさすがに現実的ではないなと思って、じゃあ起業するか、と。

エンタメ業界の会社に所属するという選択は?

大学時代からテーマパークやキャラクターショーの現場には出ていました。

でも、身体を使う仕事は永遠には続けられないと感じていて。
だったら、動けるうちに「作る側」になろうと思いました。
自分でエンターテインメントを生み出せるようになりたかったんです。

起業してからは、営業などもご自身で?

はい。
でも営業の勉強は一切していません(笑)。
今思えば、社会人経験を積んでからとか、きちんと戦略を立ててからとか、そういうやり方もあったんだと思います。
でも当時は「数打ちゃ当たる」方式でした。

普通の営業のやり方が自分には合わなかったので、少し変わった動き方をしました。
とにかく現場に近いところから関係をつくって、少しずつ信頼を積み上げていった感じです。
門前払いも多かったですが、「なら別ルートで」と切り替えていました。

かなり行動力がありますね。

ノリと勢いです。
でも、エンタメの現場で出会った人たちが本当に好きだったんです。
この人たちと一緒に何かを作りたい、迷惑をかけたくない、という気持ちがあったから続けられました。
普通の仕事は続かなかったのに、エンタメは続いている。
正論を押しつけられる場所ではなく、表現を尊重してくれる場所だったから……環境が合っていたんだと思います。

今の活動は、すがさんにとってどんな意味を持っていますか?

「こういう仕事がありなんだ」と、自分でやりながら驚いています。
好きなことを仕事にしていいんだ、と。
成功例とは言えないかもしれませんが、同じように困っている人にとって、「こんな働き方もあるんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。

パフォーマーとしてだけでなく、クリエイターとしても活動されていますよね。

そうですね。
もともと大学でアートを専攻していたので、自分の頭の中にあるものを形にするのが大好きなんです。
ただ、最初から『仕事にしよう』と意気込むと、好きじゃなくなってしまうので、自分が思うままに好きな絵を描くことを大切にしています。

でも、その作品を認めてくれる方がいて、描いたキャラクターが実際に着ぐるみになって一緒に現場に出ることもあるんです。
自分の描いた世界が、巡り巡ってエンターテインメントの一部として子供たちに届いている。
そんな繋がり方ができているのが、いまは素直に面白いしありがたいと感じています。


体験格差と、エンタメは“心の栄養”

経済的に困難な家庭の子供たちへ無償でエンターテインメントを届ける活動を始められたきっかけは何だったのでしょうか。

もともと「体験格差」という言葉はなんとなく知っていました。
でも本気で考えるようになったのは、個人的に参加していたボランティアがきっかけです。
貧困家庭で、クリスマスプレゼントを買ってもらえない子供たちに、サンタクロースとしてプレゼントを届ける活動でした。
そこで出会った子供たちの姿が、忘れられなくて。

どんな様子だったのですか?

絵本一冊で、涙を流して喜ぶ子がいたんです。
自分は、好きな絵本を買ってもらえて、テーマパークにも何度も連れて行ってもらって育ちました。
それが当たり前だと思っていました。
でも、そうじゃない子供たちがいると知ったんです。
そこから調べていくうちに、「体験の差が、そのまま選択肢の差になる」という現実を知りました。

テーマパークに行ったことがない。
舞台を観たことがない。
何かに心を動かされた経験が少ないまま大人になる。

体験の差は、そのまま「選べる未来の数」の差になると感じました。

すがさんにとってエンタメってどんなものですか?

エンターテインメントって、娯楽のように見えて、実は“心の栄養”だと思っているんです。
「大人になってお金を稼いでから、自分のお金で体験すればいい」という話ではありません。
子供の頃の体験って、あとからでは取り戻せないものだと思うんです。
大人になったとき、ふと「昔こんなことがあったな」と思い出せるかどうか。
それが、しんどいときに自分を支えることもあるはずです。

無償で届けることは、簡単ではないですよね。

正直、めちゃくちゃ大変です。
イベントで得た収益の一部を充てていますが、月に一回できるかどうか、というのが現状です。

でも、協力してくれるパフォーマーさんたちに、ボランティアで来てもらう形にはしたくありません。
全員プロなので、きちんと報酬を払いたいんです。
「プロのエンターテインメントを届けている」ということは、絶対に守りたいと思っています。

今後、どう広げていきたいと考えていますか?

私の事業を応援してほしい、というよりも、「体験格差」という社会問題自体を知ってもらえたら嬉しいです。
賛同してくださる方や、一緒に考えてくれる方に出会えたら、それがいちばんありがたいですね。

「好き」を仕事にしていい

この記事を読んだ方に、何を伝えたいですか?

私も、学校生活はちゃんとしていませんでしたし、アルバイトも続かなくて。
退職代行にトータルで6万円も使いました。
「普通に働けない自分はダメなんだ」と思っていた時期もありました。

でも、今こうして、自分で仕事を作って、子供たちにエンターテインメントを届けています。
正解のルートに乗れなかったとしても、別の道はあるんだと、自分自身が証明できていたら嬉しいです。

エンタメじゃなくてもいい。
自分の好きなことを、仕事にしていいんだよ、ということを伝えたい。

今の活動は、すがさんにとってどんなものですか。

「こういう仕事があるんだ」と、自分でも驚いています。
課題もたくさんありますが、やりがいがあって、環境もよくて、好きなことを続けられている。
だから、体力が続く限りは、全力でやろうと思っています。

最後にひとことお願いします。

子供たちにとっての体験は、未来への種だと思っています。
その種が、どこかで芽を出すかもしれない。
そう信じて、今日もステージに立っています。

編集後記
「ノリと勢いだけです」と笑うすがさんの言葉の裏には、自身の特性を理解し、大好きなエンタメを仕事に変えてきたしなやかな強さがありました。
そんなすがさんによるコラム連載が、今後「凸凹といろ。」でスタートします。
日常の失敗さえもおもしろおかしく描くすがさんワールド。読んだあとに「まあ、なんとかなるか」と心が軽くなるような連載を、どうぞお楽しみに。
インタビュイー

すがなるみ(ASD/ADHD当事者)
2020年都内大学芸術学科卒業。
在学時より、キャラクターショーはじめ子ども向けコンテンツへの出演、テーマパークエンターテイナーとして活動。
傍ら、大学では子どもと芸術について研究し、2021年事業立ち上げ。
2023年にはクラウドファンディングにて、発達障害や多様性を周知する絵本を製作し全国配布。2025年より、経済的困難家庭の子どもへ無償でエンターテイメントを提供する活動を展開し、子どもの体験格差解消への取組開始。また同年に事業屋号を『わくわく製造舎よいこらんど』へ改名し、エンタメコンテンツの企画運営出演にて全国で活動中。好きな給食はジャンボ餃子。
ホームページ:https://yoiko.crayonsite.info/
SNS(Instagram):https://www.instagram.com/yoiko__land
note:https://note.com/2525pun_

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編集長・デザイナー

『凸凹といろ。』の発案者で、代表。全体の企画、編集、デザインなどを行なっています。 時間感覚、短期記憶の弱さ、衝動的な発言(失言)や不注意など、自身の発達特性が原因でうまくいかず、 “人と働く”ことは早々に諦め、現在はフリーランスでデザイナー、イラストレーターとして仕事をしています。 やりたいこと、気になることが多すぎて手が回らないのが悩み。 タスク管理や見通しのつきづらい仕事にはなかなか手をつけられないなど困った特性がある反面、思いつきや衝動で動くことも多く、一旦動き始めるととても行動が早い。 雑談や人付き合いへの苦手意識が強いが、基本的に人が大好き。

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